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不真面目に一生懸命でいいかんじな瞬間

カメラが趣味、溶接が好き。でもどっちもこれといって上達しない。下手の横好き。でもまぁいいじゃない。疲れちゃうし。そんな感じでいいかんじに不真面目だけどそれなりに一生懸命に。PENTAXのカメラとダイヘンのTIG溶接機とPANASONICのTIG溶接機な日々と思ったこと

天才と凡人の隙間を垣間見る瞬間

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今日は最近買った本の話。

 

ここ最近、Qで写真を撮ることにハマっていてそのコンパクトさと出来る事の豊富さから通勤、勤務中共にひたすら肌身離さず的な感じで持っていてなんともない日々をパチリすることに夢中。

 

そして、「こーゆーのはスナップシュートっつーんじゃないのかな?」

 

と思ってから”スナップシュート”という言葉に取りつかれてひたすら写真を撮っている、そんな毎日。

 

ケータイをいじっていても常にカメラ、特に”スナップ”という言葉があうものに焦点をあてて検索したり画像を見てみたり。。

 

MFのオールドレンズを付けたK-30で家族を撮ることだったり、通勤途中の車内からだったり、職場だったりしてとにかく写真を撮ることに最近また熱を帯び始めてきている今日この頃。

 

スナップで検索しているともちろん出てくるのはPENTAXの親会社RICOHのGR。

これは何年も前からずーーーっとほしい機種で、これがあったらまた違う写真が撮れるんじゃないだろうか、違う毎日や違う視点、ぐっとくる写真が撮れるようになるんじゃないか、そう思って持ち歩いていたらと想像を膨らませてやまない日々を過ごしていくうちに日々の忙しさに負けて(言い訳)カメラの熱は冷めて、カメラで写真を撮らないことが何週間もあったりして、

(俺にとってカメラって忙しい日々では気に掛けることもなくなってしまうようなポジションのものだったのかな?)という考えも湧いて、家族で市内に出かけるときにも忘れてしまうくらいまで自分の中でのカメラの立ち位置は下がっていた。

 

そして「そんなに使わないなら整理するか」と思い、FA50F1.4を売り、Da50mm F1.8を売り、カメラ自体持ち歩かなくなっていて、

「どうせ持つなら一眼を持つ」

という考えで、オーダーカラー最終受付でオーダーしたネイビー×イエローのQ7を売り、01、03、06のレンズも売り、手元に残るは嫁さん用という口実で手に入れた初代Qと02レンズのみ。

 

そのまま防湿庫で眠ること1~2年。

 

もう、いつから使ってないのかさえおぼろげなくらいのQだったけど、去年の秋口に新製品だったK-70が出てK-30で不満だったさまざまな点がK-70で解消されていてなおかつリアルレゾリューション、肌色補正、バリアングルと機能てんこもりの久々のぶっこみ機種でK-S1、K-S2は流していたケドK-70は欲しくなったのと、その勢いで買ったHD DA40mm F2.8 limitedを買ってからその双方のコンパクトさと写りの良さにまたカメラに対して感動を覚えて再び低スペックなQですら持ち歩く日々を過ごしていた今年。

 

もう頭の中はカメラの事でいっぱい。

 

ほかにやらなきゃいけないことが脳内を埋め尽くしているのに頭の中はレンズのレビューとカメラのレビューとさまざまなブログでの使用感や作例が気になっていっぱい。

 

そんな毎日が続いていて、ふと思ったのが

 

”今ある初代Qなら画質とかボケとか解像感とか気にせずに、でもiPhone じゃ満たされない、気ままに撮れるカメラとしてどんなことがあるのか?”

 

と思い、PENTAXを使っている理由の一つの”銀残し”と”CTE”

 

これらを使うとやっぱりグッとくる一枚が撮れる気がする。

 

そんなこんなで、とにかくまたカメラにハマりだした俺が特に

 

”スナップシュート”というカテゴリーに興味を再度誘われ、ここ最近見くびっていたQシリーズの写りと速射性、コンパクトさ、低価格さゆえに気になっていて、オークションや中古市場を見つめる日々。

 

そんな中、以前欲しかった(今でも)「GR」の特集本で”森山大道”というストリートスナップのパイオニアな写真家がGRで撮っていたのを思い出し、GRの特集本を読み返し、森山大道関連のyoutubeを見て森山大道の本をAmazonでポチって、Q10で初めてデジカメに触ったというアラーキー荒木経惟”(聞いたことはあるが詳細は知らない)の特集号と本とをポチって、今日ずっと読んでいた、そんな金曜。日付は変わって今日は土曜。

 

本の中で

アラーキー

「だいたいタクシーに乗って居眠りしているようじゃダメだね。天才は手ぶらじゃ帰らないからね。家に帰っても朝から晩まで撮りまくる」

「カメラってのはすごいねー。万病に効く薬だね。」

 

森山大道

「量のない質はない」

「車や電車で出かけると名も知らぬただ通過するだけの街ってのが当然ある。そういう町並みをちらっと見たときに嫉妬みたいな感情が湧く」


何かひとつ突き抜けたものを得るにはそれ相応の数だったり自分なりの仕事に対する哲学的な姿勢とか考え方や感情の表し方だったりして、いくら天才だ神様だと言われていようとも経験に基づく発言を見ると、正直に、あるレベルに到達した人達はやっぱちげえなぁって思う。


偉人の伝記を読んでる気分になる。



こんなイカれた人達には敵わないが、せめて自分も写真をひたすら撮りまくって、グッとくるような一枚が撮れるヒット率をあげながら、ブレようがピンズレしてようが、ノイズ出まくってようが、とにかく撮りまくろうと思った。

失敗写真だとしても

「これはこれでいいじゃん」と、デジタルだからってすぐ消さずに肩の力を抜いてこれも良しとする視線を持つようにしようと思えるような内容だったから、今の自分にぴったりすぎる本だった。


ネットでディスられまくってるQシステムでとにかく持ち歩く事を重視して撮りまくって自己満足でいいやと思ってる。


高画素、高性能、ピンズレ、ピンぼけは許さない、失敗写真はクソ扱いな風潮がある中で自分は自分なりのスタンスでカメラを使って、日常や、いいなと思った街角や風景を自分が撮りたいと思った形で撮っていけばいいな。


高画素、高性能、高解像なボディやレンズはメーカーが違えば上にはキリがないし、フルフレームがPENTAXから出たけどボディとレンズのサイズや重量に「別に必要ねーなぁ俺には」って思っちゃってるし、ってゆーか上を見たら中判っつーバケモノクラスのカメラもあるけど、自分はK-70とHD DAシリーズのレンズで十分満足出来てる(☆55mm f1.4とHD DA55-300 PLMは欲しいけど)から、カッチリしたそっち方面はそれでオッケ。そればっかりじゃ疲れちゃうし、細かな事に許せなくなってイライラしたり落胆して楽しくなくなってしまってそれこそカメラ自体を持ち歩かなくなってしまうっつー根本的な問題になりかねないから、気ままに気軽にそこそこ写るQ系でテキトー写真を楽しむ。これにつきるなぁと思った。レンズなんかほぼ出尽くしてるからあれもこれもと悩まず散財せずに済む。


「足るを知る」っつーのがカメラ趣味のリミッターなんじゃねーのかなぁ。


とかいいつつも、fujifilmのカメラとレンズが気になってたり、Sigmadp Quattroの解像やべぇとか、やっぱり欲しいGRとかあったりして、ほんといらん世界に首を突っ込んでしまったもんだと、まったく増えない銀行口座を確認する度に少し、ほんと少しだけちょっと後悔。でも、買ってしまえば維持費はほとんどないし、税金もかからないし、道具じゃないですよセンスですよ な感じも好きだし、いい趣味もったなぁ〜。


さ、寝よ